広報誌(桂)桂 Vol.94>研究紹介

活性酸素を消去するセレン含有酵素のはたらき

生物学分野 教授 高橋 和彦

 セレン(Se)は必須微量元素であり,ヒトにおける欠乏例として心筋症を主な症状とする克山病(中国克山地方の風土病。この地域の土地や水のセレン含量が少なく,食糧を自給自足しているため発症)が知られている。地域住民への亜セレン酸ナトリウムの投与により,現在では発症率が激減している。また,各国におけるセレン摂取量の相違に依存して血中Se濃度が異なるが,血中セレン濃度が低い国では大腸癌,乳癌や冠状動脈系疾患の発症率の高いことが報告されている。土壌中のセレン含量が低い北欧では,農作物の肥料に亜セレン酸ナトリウムを加えることが推奨され,その結果,癌や心臓疾患による死亡率が低下した。このため,米国を始めとする諸外国では,抗癌や抗老化作用を期待してセレンがサプリメントとして広く摂取されている。このような背景から,日本でも厚労省が「第6次改訂日本人の栄養所要量」(2000年)でセレンの所要量(45-60μg/day)を追加認定した。現在,コンビニや薬局などで市販されているサプリメントのうち,「亜鉛」「マルチミネラル」と表示されている商品にはセレンが含まれている。「セレン」単独で市販されていないのは不思議ではあるが……。このようにセレンの有用性は明らかと考えられているが,そのしくみは必ずしも明らかにはされていないのが現状である。

 私たちのからだの中で,セレンは主にシステインのイオウがセレンに置き換わったアミノ酸,セレノシステイン(Sec)の形でタンパク質中に存在しており,Secを含有するタンパク質はセレノプロテインと総称されている。現在知られている25種のセレノプロテインのうち,はたらきの明らかなものは全てSecを酵素の活性部位とするアンチオキシダント(過酸化水素や過酸化脂質を還元して無毒化する)酵素や細胞内の酸化還元を制御する酵素である。本稿では,このうちグルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)に注目し,私たちのこれまでの研究成果を中心にGPxのはたらきや生理的意義について述べたい。また,最近明らかになった動脈硬化症,神経変性疾患との関連についても触れたい。

 GPxは,グルタチオン存在下に過酸化水素や過酸化脂質などの活性酸素種を還元・無毒化する酵素であり,先に述べたように活性部位に必須微量元素セレンをセレノシステイン(Sec)の形で含んでいる。筆者が研究を開始した1984年の時点でGPxには1種類しかその存在が知られていなかった。筆者らは,これまでに,分泌型GPx(eGPx),新規GPx(後にGI-GPxと命名された),Secを10残基含む新規GPx(セレノプロテインP;SePと呼ばれている)の3種類の新しいタイプのGPxを発見し,これらのGPxの基本的な性質を明らかにした。このうち最初の2種類については,遺伝子クローニングにも成功している。現在GPxにはイタリアのグループが発見したPHGPxを含めて5つのタイプが存在しており,酵素ファミリーを形成していることが明らかになった。私たちはこのうち3種類を他の研究者に先駆けて発見することが出来た。

 このようにGPxには種々のタイプが存在しているが,この多様性の生理的意義は明らかではなかった。そこで次に,それぞれの酵素としての性質について比較検討することにした。活性酸素については,最近のマスコミ報道やテレビの健康番組で盛んに取り上げられており,ここではごく簡単に説明する。私たちのからだの中で生じた活性酸素は,反応性が高いため核酸,タンパク質,脂質に作用して,これらの生体高分子の変性を引き起こし,これらが本来担っているはたらきを損ない,細胞や組織に傷害を与える。その結果,癌,動脈硬化,白内障などの難治性疾患や老化が引き起こされると考えられている。私たちの研究の結果から,それぞれのGPxはタイプによって存在部位(細胞質や細胞外)や基質特異性(過酸化水素とリン脂質過酸化物)の異なることが明らかになり,これらのGPxはお互いに補う形で活性酸素や過酸化脂質による傷害から私たちのからだを守っていることを初めて証明することが出来た。また,最近,私たちは,GPxファミリーのうち血液中に存在するタイプのeGPxやSePが低比重リポ蛋白質(LDL)の過酸化反応を抑制していることを見出した。LDLの過酸化反応は動脈硬化症発症の引き金と考えられており,eGPxやSePが動脈硬化症の発症を抑制する役割を担っている可能性が強く示唆された。Se欠乏が冠動脈疾患のリスクファクターであるとの報告もあり,発症におけるGPxの重要性についても興味が持たれる。

 SePは,血漿中の主要なセレノプロテインである。その最大の特徴は,他のセレノプロテインがポリペプチド鎖内に1残基のSecを含むのに対して,SePは10残基のSecを含む点である。SePの機能は長い間不明であったが,先に述べたように,私たちはグルタチオンなどのチオール存在下に過酸化脂質を還元・除去するGPx様活性を有する酵素としての機能をもつことを見いだした。この酵素活性は,SePのアミノ末端側に局在するSecを活性部位としていると考えられる。一方,残りの9残基のSecの機能は依然として不明であった。私たちは,培養細胞を無血清培養する場合にセレンの添加が必須であり,血清培養する時には不要である点に着目した。培養細胞をSePの欠乏した血清で培養すると,細胞はセレン欠乏になり,この細胞にSePを添加するとセレンが細胞内に取り込まれることを見いだした。つまり,トランスフェリンが鉄を運搬するように,SePはセレンを運搬する機能を担うことを見いだした。この研究成果の正当性は,その後SePノックアウトマウスの研究から証明された。このようにSePは酵素であると同時にセレントランスポータとしてのはたらきを持つ多機能タンパク質であることが明らかになった。更にノックアウトマウスの研究から,SePの欠損は脊髄小脳変性症という神経変性疾患を引き起こすことが報告された。

 このように私たちが研究を進めてきた,主に血液中に存在する2種類のセレンを含むタンパク質が,その酵素活性やセレン運搬能を通して,動脈硬化症や神経変性疾患の発症の抑制に寄与していることが明らかになってきた。今後,これらの疾病の診断法の開発,予防や治療を目的として,更に研究を進めたいと考えている。

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